好きなことをすることは良いことですか?

みんながみんな、
好きなことができるとサイコーじゃないか、
と常々思っています。

この「好きなこと」という言葉について書きます。

そんな単純なことにも、
よくよく考えてみるといろいろあるのです。

目次

好きなことは完全に人それぞれ

まず、「好きなこと」は人それぞれ、です。

背の高い人、低い人がいるように
好きなこともそれぞれ、です。

だけど、今はマーケティングによって
みんなの「好きなこと」が決められているように見えます。

あなたがそれを好きでいてくれたら、
誰かが儲かる、
誰かの家族が安泰になる、
誰かの好きな人やものを守れる、
ってことです。

要は、
誰かにそう思わされているだけかもしれない、
ってことです。

このことに気づく人って
なかなかいません。

だけど、実際には
テレビでニュースでネットでドラマで映画でCMで
そう思わされています。

もしも、
思わされているのって、なんだか嫌だな〜
と感じるなら、
自分で考えて、自分で決めるしかありません。

好きなことはどこにある

「好きなこと」は
「思わされていること」の山に埋もれています。

「思わされていること」の山は
みんなが想像するよりもずっと大きいです。

その山の一つ一つを精査して、
自分にとって必要かどうかを考えて、
必要ならそのまま持っておくし、
要らないのなら捨ててしまうのです。

「思わされていること」が少しずつ減っていくと
勝手に「好きなこと」が姿を現します。

それは気づかないうちに出てきます。
気づいたら、
「好きなこと」がそこにあった、という感じ。

「好きなこと」をわざわざ探す必要なんて、
全然ありません。
なぜなら「好きなこと」だから、です。

自分にとって「要らない」ものを、
必要だと思い込んで大切にしまって山にしちゃってることが
まず、問題なのです。

思い込みは思い込んでいるから思い込み

「思わされていること」は「思い込み」
と表現することもできるでしょう。

「思い込み」は
思い込んでいるから思い込みと言うのであって、
思い込んでいることに自分で気づくことは
非常に難しいです。

だから、「思わされていること」の山を
崩していくのは
実は難しいことなんです。

これをとっても簡単に、
日常生活に落とし込んでくれたのが
「断捨離」です。

ただの片付け術と思われるかもしれませんが、
そんなことないのですよ〜

ただの片付け術だとしても価値はありますが、
本当の価値はそんなもんじゃありません。

思い込みは実は見えている

思い込みって実は見えているのです。

その人の行動や発言や所有する物に
顕れているからです。

発言内容や表現方法、その行間にも
その人の行動原理、思い込みは顕れています。

他人のことには
割と気づきやすいかもしれませんね。

それを、
自分に対してやるだけ、なのですが、
そのときに
一番わかりやすいのが「物」です。

自分の部屋を見渡してみて、
何が置いてあるかを観察すればいいのです。

そして、それが何故、そこにあるのか、
一つ一つの物に対して考えてみるだけ、です。

そこに自身の思い込みが隠れています。

隠れている、というよりも
完全にイコールです。

理由なく、その物はそこにありません。
その理由は何か、
ということを自分で考えるのです。

好きなことをすることは良いことですか?

さて、ここまで読んでいただいた
この文章の中にも
思い込みが隠れています。

思い込みとは前提条件です。

言わなくてもわかる常識、みたいなものです。

いろいろ隠れているでしょうけどもね〜〜
何か気づく点はありますか?

例えば…

「好きなことをすることは良いことだ」
という観念のもとにこの文章は書かれています。

僕はこの文章を書いたときに
その観念を下敷きにして書いているのです。
それは行間に顕れます。

そういうことを意識できるかできないか、
ということなんです。

興味があれば、この文章を
もう一度最初から読み直してみてください。

ただ、
観念自体に良い、悪い、は全然ありませんので
それを捨てなければならないとか、
そういう話ではありません。

ってなんの話でしたっけ。

去年の今頃の写真

ではまた明日〜
いつもご訪問ありがとうございます。

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