いや〜、豊かな時代なんです。
なんてったって、余裕があります。
余裕があるから、人生は芸術だって思えるのです。
今まで芸術とは、自分の外の求めるものでした。
それは時代が豊かではなかったからです。
昔々、ギリシャの時代に芸術文化が華開いたのは、奴隷という存在がいたから、なんて話があります。
歴史とか全然詳しくないですし、よく知らないのですが、きっとそういう側面もあったのでしょう。
奴隷が身の回りのことを全てしてくれて、その暇に任せて、人々は詩作に耽り、星を眺めて、数学に打ち込んだんのだ、と。
もしそうだとしたら、実は現代も似たような状況です。
住むところはたくさん余っています。
服は古着屋に大量にかかっています。
食べるものもたくさん捨てているくらいです。
便利な車や家電も安くたくさん売っています。
それで十分じゃないでしょうか。
見た目やメンツやプライドが邪魔するかもしれませんけども。
いわゆる観念ですね。
ただし現代は、我々が言わば奴隷になっているという側面もあります。
そこは気づく必要があります。
僕たちの生み出した価値の9割は持っていかれています。
いろんな形で、見えにくい方法で。
そういうことをされているのを奴隷というわけです。
自分が奴隷だなんて、認めたくないかもしれませんが。
生きていくために必要なものはとっても安く手に入ります。
奴隷であることも、半分抜けることはできます。
江戸時代、8割の人が百姓をやってこの国は回っていました。
今、農家は1%です。
昔と違って便利な家電もたくさんあるのだし、79%の皆さん、めちゃくちゃ暇になってもおかしくないと思いませんか。
でもみんな、とっても忙しそうです。
そのことを少しずつ考えてみてください。
現代は、人々が芸術に励んだギリシャの時代みたいなものなんです。
工夫次第でそういうふうにもできる、というか。
それぞれが持っている不必要な観念と、搾取の構造という問題を、ボチボチとクリアすればいいのです。
気づいてしまえば、難しいことではありません。
ところで話は変わりますが、みなさん芸術に耽りたいと思いますか?
たぶん、多くの人はそんなこと自分にはできない、と思うことでしょう。
詩なんか書きたくないし、絵は下手だし、星を眺めても飽きちゃいます、と。
それは非常に残念です。
ただ、みなさんは既存の芸術と呼ばれるもの、芸術という言葉に騙されています。
言葉をアップデータする必要があります。
人生が芸術になるのです。
それは、いつも言っている、自分の才能を活かす、ということです。
世界はジグソーパズルだって話。
一人ひとりはジグソーパズルのピースで、その凸凹が一人一人のできること、できないこと、言わば才能です。
みんなの才能を持ち寄って、ピタッと世界というジグソーパズルがハマったとき、世界は素晴らしく美しくて合理的で何の無駄もない、それは言葉にもできないような芸術になっています。
僕たちはその芸術の一部であり、一員です。
僕たちの人生が、世界を作っている、表現しているのです。
世界とは、宇宙のことです。
全体です。
色即是空、空即是色。
空が全体で、色が個です。
個はすなわち全体で、全体はすなわち個である、ということです。
個も全体も同じものなのです。
それを芸術と言わず、なんと言うのですか。
そこには芸術のなんたるか、様式も時代も上手い下手も希少価値も有名無名もジャンルも何も、何ひとつ関係ありません。
美術商も値踏みできないのです。
生きているだけでオールオーケー、完璧な芸術なのです。
それが人生を芸術にする、ということです。
今、現代には、それができる可能性があります。
そんな生き方にシフトしてもいいのです。
もちろん、それは自由です。
強制されることは何もありません。
だから、気づいた人からハイ!どうぞ。
準備はすでに整っています。
人生を芸術にするのです。