人類総さとり時代が来ます。
それがいつになるか、わかりませんけども。
そうならざるを得ないのです。
10年後か100年後か、わかりませんけども。
初めからそうだったと気づくだけなんです。
そのために、新しい知識は必要ありません。
さとりのために勉強する必要はありません。
そんなことに気づいちゃった人は、少しずつ増えています。
あぁ、そういうことかと。
簡単なことです。
そういうことに興味を持ち始めれば、いずれそうなります。
簡単なことだからです。
それは、ただのなぞなぞみたいなものです。
簡単すぎて気づけないだけ。
簡単に気づいてはいけないと思い込んでいるかもしれません。
素晴らしい(とされている)ものは、苦労を重ねて手に入れなければならない、と。
〇〇でないといけないというのは、究極的には一切ありません。
あるとすれば、それは頭の中にあるだけです。
まぁ、僕がよく書いていることです。
いつも同じことを書いています。
ところで、人類総さとり時代って、何が良いのでしょう。
そんな時代が来たら、普通に素晴らしいと思います。
そのとき、みんな、昔の人は大変だっただろうなぁ、なんて思いを馳せることでしょう。
昔の人というのは、現代を生きる僕らのことです。
僕らも、例えば、中世の人は大変だっただろうなぁ、と思うでしょう。
それと同じことです。
未来の総さとり時代と比べたら、現代は非常に野蛮な時代です。
僕らが中世のことを思うくらいに、そう感じられることでしょう。
きっと、野蛮で非合理で意味不明で、なんでそんなことをしていたの?って感じられると思います。
これもいつも書いていることですが、社会は何でできているでしょうか。
この野蛮な社会を作っているものは何でしょうか。
それは現代を生きる僕たち、一人ひとりです。
社会というものが、どこかにあるわけではありません。
それは、自分を含む、全員のことです。
僕もあなたもそこに含まれています。
それが、野蛮なこの社会の正体です。
恐ろしい事件や戦争のニュースを聞いて、あるいは、この世の不条理なルールを知って、なんてひどいんだと感じることがあるでしょう。
だけど、それは自分と関係のないどこかの社会で起きていません。
それは、自分も含むこの社会で起きています。
この世界がそういう状態になっている元と同じものは、僕の中にもあります。
あなたの中にもあります。
総さとり時代に向けて、そういうことにも気づくことになります。
ほとんどの人は、まだ目の前のことしか見えていません。
霧の中を手探りで進むような。
ただし、それが悪いとは言っていません。
総さとり時代が良いとも言っていません。
良いも悪いも、自分の頭の中にしかなかったと意識して生活してみてください。
無意識に良い悪いをジャッジしていることを、意識してください。
まぁ、ぼちぼちやりましょう。
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