やっぱり僕にはできることしかできません。
できないことはできない。
人それぞれ、ですね。
できること、できないことがみんな違うから、すごく面白いなぁと思うのです。
だけど、みんながみんな、他人のできることを理解できるわけでもなくて。
だから、相手の能力をつぶしてしまう、ということがよく起こります。
僕もよくやってしまっているんじゃないか、と振り返ったりします。
相手の違いを許容できないのは、自分にとっての脅威になると思うからでしょうか。
よくわからないものは排除したいというか。
その背後には、生きることが大変だった前時代が垣間見えます。
生き残っていくだけで精一杯だったから、変なことや新しいことをする奴がいると不安になるわけです。
だけど、今はもう豊かな時代です。
野垂れ死にする人とか、いないでしょう。
昨今は、いろいろ問題はあるように見えますが、昔とは全然違います。
よっぽど心配なら、田舎に引っ込んで自分の手を動かした方が良さそうではあります。
先人たちが頑張って、今の世界を作ってくれました。
問題があるように見えるでしょうが、いいところよりも悪いところがよく見えるだけかもしれません。
もう、自由に生きても良いのです。
この世界をよく見てください。
毎年、田んぼをやっていると、毎年同じことはしません。
少しずつ変えていきます。
いわゆる改善というか。
去年より少し良い方法を思いついたりします。
工夫していくわけです。
先人の作ってくれたこの世界も工夫に満ちています。
こっちの方がうまくできるじゃんとか、こっちの方が楽じゃんみたいな小さな発見を積み重ねて、それが豊かな時代となりました。
一人ひとりの工夫や発見は小さいかもしれませんが、世の中に人間はたくさんいますから。
みんなで力を合わせて豊かな時代ができたわけです。
もう十分に豊かになりました。
誰も野垂れ死にしません。
後は楽しく暮らせば良いのです。
楽しく豊かに暮らすために、先人の皆さんが頑張ってくれたんじゃないでしょうか。
もっともっと豊かになる必要があるでしょうか?
その答えは、みなさんそれぞれでしょう。
でも、実は、みんなが好きなこと、興味のあることに没頭すると、勝手に豊かになってしまうのです。
もう、無理矢理に豊かにする必要はなさそうにも見えます。
いろんな問題もあります。
豊かな生活の原資はお金ではなくて、地球ですから。
お金はただの数字ですから無限に増やせますが、地球は1つだけです。
だから自分で決めることが重要です。
この世界をよく見て、自分で決めるのです。
何が自分にとって必要なのか、不必要なのか。
それを決めるのです。
豊かさとは何か、それを「自分で」決めるのです。
毎晩8時・むらもラジオ更新中〜
