自分の人生を盗られないために

僕はイナコメという本の中でも
YouTubeでも
哲学めいたことを
書いたり話したりしています。

そんなことを考えるのは僕の趣味、
みたいなところがあるわけですが、
どうしても発信しないといけない理由もあります。

目次

そんな時代が来ています

「しょぼい百姓」なんていう言葉で
僕は自分の生き方を紹介していますが、
もし、そんな生き方に興味があるのなら、
哲学という分野は避けて通れません。

それは全ての根っこで、
あらゆることがそこからスタートします。

あらゆること、というのは
考え方、行動、生活、生き方…
要は、それぞれの人生の根っこになります。

毎日は何気なく過ぎていきます。
考えても考えなくても、
淡々と過ぎていきます。

どんな人生が偉いか、
そんな基準はどこにもありませんし、
そんなことを言うつもりは全くありません。

だけど、自分の人生を
誰かに盗られたくなかったら
一度くらいは考える必要があるように思います。

マ〜誰かに盗られちゃうような人生だとしても、
それが悪いというわけではないのですが。

何をして過ごすか

むかし、日本人の8割はお百姓さんでした。

田んぼをやって畑をやって、
農閑期にはほかの仕事もして。

土地によって
生活の厳しさはいろいろだったでしょうが、
そういう食べるための毎日がずっと続いていました。

そんな毎日の中で、
何か違うことがしたいと思っても、
その違う生き方を実現することは困難だったでしょう。

そもそも、「〇〇がしたい」
なんてことを思う人が、その頃どれだけいたか、
そんなことを思うこと自体が稀だったのではないか、
という気さえします。

ひるがえって今の僕たちは、
夢や目標、やりたいことを持つことを
半ば強制されるような時代を生きているわけですが、
そんな時代の方が歴史の中では少ないのです。

なぜ今、
個人の願望や個性にスポットが当たるようになったのか、
それは現在の農業人口を考えるとわかるでしょう。

今、農業に従事する人は
日本の人口に対して、1%程度です。

生産性がめちゃくちゃ上がっているのです。
日本人の8割がやっていたことが、
ほとんど丸々、空いちゃったのです。

今からもっと暇になる

僕たちは暇になりました。

そして、
今のこの日本で生きていくだけなら
全然大したことはありません。

能力がなくても
やる気がなくても
野垂れ死ぬことはありません。

それはそれは稀有な時代です。

何もしなくても、
何もできなくても、
道半ばで死ぬことは稀です。

セーフティネットは用意されています。

そんな時代にみんな、
毎日これと言ってすることがないのです。

いや、皆さん毎日忙しいでしょうけども。
なぜ忙しいのか、今日は書きませんが、
ぜひ考えてみてください。

そして今から、
AIやロボットが僕たちをもっと暇にします。

10年後、世界がどうなっているのか、
僕には想像もつきません。

考える

そんな未来、
僕たちは毎日何をして過ごしているでしょうか。

おそらく、世の大半は
無自覚に毎日を生きているでしょうから、
そんな人々を相手にしたビジネスが栄えていることでしょう。

そんな生き方やビジネスがイカン、という話ではありません。

そんなビジネスは今も横行していますが、
それらは思考を停止させて
やる気を奪い、
僕らの時間を盗んでいきます。

それが普通で大多数なんだから、そのままでいい、
と思うのも、一つの考え方です。

他人の人生に口出しするほど
野暮ではありません。

だけど、それが嫌だと思うなら…

考える必要があります。

考えて、それぞれが答えを出す必要がありますが、
考える際の材料・元ネタを作るのに使われるのが哲学です。

得手・不得手

ただ、そんなことをしたくても
できる人ばかりではありません。

考えられない、
哲学に思いを馳せられない人もいます。

それは背が高い、低いみたいなもので、
人間のただの多様性です。

背が高いから偉いわけでもないし、
考えることができるから偉いわけでもありません。

それらは、ただの個性です。

個性を持ち寄って、
得意なことを持ち寄ったら、
みんなが便利になるよね〜
ってだけの話です。

しかも、誰かの役に立てるなら、
持ち寄った方だって嬉しいでしょう。

だから、考えることがそれなりにできる僕は
それを発信した方がいいと思っています。

自分の才能を発揮するのは
無条件に世のためになります。

今までは、
出る杭は打たれるとか、
言われてましたけども、
そんなことを思う必要なんて
もう全然ないのです。

僕よりも深く考えることのできる人は
世の中にたくさんいるでしょうが、
そんなことも全然関係ありません。

深いから良い、ということではないのです。

微妙に浅いから、1等賞が取れないから、
伝わる相手だっているのです。
それが僕の存在意義です。

そして、みんながそれぞれにそういう部分を持っているんです。

誰かのお役に立てて嬉しい

AIやロボットは
誰かの役に立てて嬉しいとか思いません。

わざわざ「あなたのお役に立てて嬉しいです」
とか言ってくれたりして、
一応、そういうような反応はするでしょうけども、
AIはそれを思っているわけではありません。

ただ、言っているだけです。

嬉しいと「思える」のは、人間だけ。

そこのところが重要になってくると思うのです。

言い方を変えれば、
それは、他者貢献の喜びをきちんと知る、
ということです。

って、なんの話でしたっけ〜〜

ではまた明日〜
いつもご訪問ありがとうございます。

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