人生とんち劇場2

昨日の続きです。
「人生とんち劇場」って…、面白いですねえ。
僕はよく自分で言って、自分で笑っちゃうということがあるんですが、これは書いてても笑っちゃいますね。
そうそう、ほんまに何かに気づいちゃった時って笑っちゃうんですよ。
もう爆笑です。
「えぇ〜!、そうだったのか!」と。

何もかも、人生の全て、目の前の全部を深刻に考えていたけども、全然そんなんじゃなかった。
全部が全部、自作自演だったと気づいたときにはもう……爆笑です。

笑うしかない、呆れて笑っちゃう、みたいな感じでもありません。
あまりにも滑稽で笑っちゃうのです。
何かに騙されてたわけでもありません。
そして、今までの自分もそうだし、世の中のみんなのことをふと思うと、また爆笑です。
もちろん、誰かを馬鹿にしているわけでもありません。

何かを馬鹿なことだと思う、感じるのには理由があります。
だけど、その理由は全然真理ではなかったと気づくのです。
真理どころか、自分で決めて自分でそれに縛られていただけのこと、単にそれだけだったのです。
でも、今までの自分がそうだったように、そういうことってすごく気づきにくいのです。

あぁ、なんてことだ、とニヤニヤしながら思うのです。
この世に問題など、存在しなかったのです。
「問題だと思う」ということが存在しているだけです。
何かに注目して、これは問題だと難しい顔をしているだけなんです。

いや〜、本当に笑っちゃいます。
だけど、そんな気分をまた忘れちゃって、問題だらけの、問題という成分でできたこの現実世界に戻っていきます。
たぶん、僕らはそれをしに生まれてきたのでしょう。

苦しいのは当たり前。
ここは四苦八苦の世界です。
だけど、その現実は、自分の頭の中にしかない幻でもあるのです。

そんなふうに、2つの立場で物事を見ることができると楽ですね。
木を見て、同時に森も見るのです。
いつも目の前の木ばかり見ているけれど、たまにそれが森であることを思い出すのです。

森というか、山というか、大陸というか、地球というか、宇宙というか。
どんな見方、立場も選ぶことができるのです。

僕らは毎日この現実世界を生きています。
歯を食いしばって、人生をかけて、誰かを出し抜いて、我慢して、一生懸命に生きています。
それもいいし、そうじゃないのもまたいいということです。
僕らは自由なんです。

全部辞めちゃってもいいです。
仙人のように、覚者のように、悟ったもののように。
でも、僕らはその先で、わちゃわちゃした現実世界にまた戻っていくでしょう。
やっぱり、僕らはそれをするために生まれてきたのです。

窮屈で騒々しくて、何事もうまくいかない現実世界。
疲れる時もあるでしょう。
そんな時は、そっと戻ればいいのです。
いつでも戻れますから。
僕らは、ずっと、そこから離れたことすらないのです。

まぁ、問題が山積みになって、めんどくさ〜とか思っているときには、そうは思えませんけどもね。
そんなことを想像すると、やっぱり笑っちゃいますね。
ダハハハハ〜!

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