毎日いろんなことをしています。
アナログからデジタルまで様々です。
我ながら忙しい人だと思ったりします。
それも僕の才能だな、なんて自分で思ったりもします。
だけど、よく考えると昔からそんな感じでもなかったのです。
昔は全然、何にもできませんでした。
10代の頃、学生の頃は特にひどかったですね。
あらゆることに対してやる気がありませんでした。
この世はめんどくさいことばかりだと感じていて、実際何もしませんでしたから、結果何もできなくなったという感じでした。
20代になって、社会人になった頃から、そんな自分に嫌気が差しました。
そんな自分を変えたくなって、僕のテーマは「変化」になりました。
古い自己啓発書、カーネギーの「人を動かす」「道は開ける」なんかを読んでもろに影響を受けました。
常識的な範囲でどう行動するべきかという内容なら、カーネギーの本に勝るものはない、と今でも思っています。
何冊も買って人にもあげて、ことあるたびに読み返しました。
だけど、30代に差しかかる頃には、本の内容にどうも違和感が出てきました。
今、振り返ればそれは、常識という観念を下敷きに書かれた本だった、ということです。
常識はなぜ常識なのか、それは本当に必要なものなのか、という観点はそこにありません。
僕の興味はそういうところに徐々に移っていったのです。
とにかく、そういう本の影響もあって、自分が今までの自分でいる必要はないと思うようになって、そこから変化は始まりました。
ただ、本当の変化は、30代中頃で、この村に移住してからでしょう。
移住して、農的な生活が始まったのです。
手を動かし、体を動かすのです。
手や体を動かすには、無意識だろうが、頭を使っています。
頭と体は、当然ながらつながっています。
体を動かすから頭を使って、さらに頭が新しいことを考えられるようになって、体も新しい動きを覚えます。
頭と体は相互に鍛えられるようになっているんですね。
何でもできるようになるには、手や体を実際に動かす必要があるのです。
そういえば、パソコン仕事をするスペースの脇にはギターがかかっていて、ふとしたときにギターを手に取ってちょろちょろ弾いたりします。
気分転換というわけでもなくて、無意識にしていることですが、それにも意味があるのかもしれません。
そうそう、この文章も原稿用紙で書いています。
手で書くと頭の回転が良いのです。
パソコンに向かってキーボード打つのと全然違うのです。
思考が邪魔されなくて、どんどん溢れ出してくるのです。
これも興味深いところです。
今日、何を書きたかったのかは、よくわからなくなってきました。
少し前にAI関連ですごい記事、動画を見ましたので、シェアしておきます。
時間があれば、ぜひどうぞ。
まさに、体と頭は、相互に影響しあって、育て合うのです。
今のAIは頭ばっかりですが、人間みたいな体とそれが合体したときどうなるか…。
それは非常に、恐ろしいほどに興味深いのです。


(稲架台)
