昨日からの微妙に続きです。
毎日の生活を便利にすればするほど、頭と体は退化します。
ついでに大抵の場合、金がかかります。
だから現代人は、金ばかり求めることになります。
金さえあればオールオーケーってことは、金をどうにか用意できるなら、人生は上がりってことです。
あえて嫌な言い方をしてみましたが、どう感じますか。
逆に、生活を「不便にする」ってどう思いますか。
皆さんはどうしたいでしょうか。
僕は、要はバランスだと思うのです。
頭と体、それと金のバランスです。
「頭と体」を「自分」と今日は表現しますね。
自分と金、どっちをどれだけ使うか、ということです。
大抵の場合、自分の比率が増えれば、不便になります。
金の比率が増えれば、便利で現代的になります。
そのバランスをどうしたいかということです。
僕は金を稼ぐのが苦手でした。
20代の頃は、金持ちなれば自由になれると思って、いろいろやってみたのです。
でも全然だめでした。
それで金を稼がなくても良いような毎日にシフトしたのです。
そしたら、それがとっても心地良かったのです。
金を稼ぐことに時間を取られずに、「自分」というものを使って、毎日をクリアしていくのです。
金はどこまでいっても同じ金ですが、自分は使えば使うほどに進化する感じがしました。
できる事は増え、頭も使えば切れるようになります。
それが面白くて、やめられないのです。
だけど、毎日毎日フル活動というのは疲れます。
どれだけ動いたら疲れるかは人それぞれでしょう。
だから、便利な社会の恩恵も受ければ良いのです。
良い時代ですよ、少しのお金であらゆる便利がいくらでも買えます。
だけど、それを何の考えなしにやっていては、金がいくらあっても足りません。
世の中、金を使わせるプロばかりだからです。
商売ってそういうことですよね。
だから、バランスを自分で決めるのです。
不便と便利のバランスです。
自分を使うか、金を使うかのバランスです。
そして、自分で決めるためには、考えることが必要になります。
だけど、この「考える」とはどういうことか。
これがなかなかできないのです。
みんな、考えているつもりで思っているだけなのです。
考えるということについても、散々書きまくっていますが、また書きましょう。
