僕がこの村に来る前のことをふと思い出しました。
何年か音楽のイベントをしていたのです。
みんなで運営する、非営利のライブハウスがあって、そこでやっていました。
非営利のライブハウスって時点で「なんだそれ?」って感じで既に面白いんですけどもね〜。
最後が2014年の夏で、その秋に移住したので覚えています。
2012年からは夏に大きめのイベントをやっていて、毎年Tシャツも作っていたので、やっぱり覚えています。
Tシャツのデザインも自分でしていました。
何でもやるスタイルは今の僕と変わりません。
手伝ってくれる、一緒にやってくれる人がたくさんいて、多い時は15人くらいいたんじゃないでしょうか。
本当にありがたい話です。
僕は今と変わらず好きなことをしていました。
要は、なんでもやってた、ってことですが。
正直なところ、なんでみんなこんなに手伝ってくれるのか、僕にはよくわかりませんでした。
でも「楽しい」って言ってくれる人が多かったと思います。
僕はその頃、思っていたことがありました。
それは、みんな一人残らず天才だということ。
世界中の人、一人残らずみんな天才だということです。
最近は「才能」という言葉を使って同じことをよく書いています。
その頃もそう思っていました。
みんな天才だってメッセージを、イベントのホームページに臭い文章で(しかも手書きのスキャンで!)載せていたから覚えています。
さすがにちょっと恥ずかしくて、わかりにくいところに置いていたから、何人がそれを見たかは分かりません。
だけど、ずっとそういうことを思っていました。
それは比喩とかじゃなくて、本当にそうなんです。
まぁ、「天才」とか「才能」という言葉をどんなふうに捉えるかの違いはありますが…。
みんなにそれぞれできることがあって、それをイベントの運営の中で発揮してもらっていたように思います。
だから「楽しい」ってなったんでしょう。
自分の才能を行使できるって、やっぱり楽しいことなのです。
それが具体的にどんな仕事かは関係なかったりします。
その中で才能を発揮するだけですから。
そして、僕も才能を発揮していました。
今と変わらず、思いついたことを片っ端からやりまくるのです。
そこには「楽しい」という感覚すらありません。
ただ、それをしているだけです。
無報酬でイベントをやっていて、スタッフも当然ボランティアです。
僕は「ボランティア」という表現が好きじゃないので使えませんでしたが。
だけど、そんなことをすることによって、「仕事もうまくいくようになったんです」って言ってくれた人がいました。
それなんですよ。
一つのボリュームをぐっと上げていくと、他のボリュームが下がる…じゃないんです。
他のチャンネルも一緒に上がっていくようなイメージ。
それは生きる態度のこと。
だから、具体的にどういう人生かよりも、まずは自身の態度だと思うのです。
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