ネタバレというと、物語の結末や重要なトピックを先にバラしてしまうということです。
主人公や重要な登場人物、その世界の行く末が気になっているところで、ネタバレをされると嫌な気分になる人も多いでしょう。
実は、、
僕がこのブログで書いたり哲学ワークショップでやってる内容もネタバレなんです。
ただし、普通のネタバレではありません。
映画を見て、その世界に没頭している人に、「それ現実じゃなくて映画ですよ」と言ってるんです。
映画の中に没頭したい人にとっては大迷惑な話です。
だからこんな話は誰かに聞かれない限り自分からすることはほぼありません。
このブログに書いたり哲学ワークショップで言っているのは、わざわざ自分の意思で来ないと読めない、聞けないから、ということです。
映画館で映画の世界に没入している人が観ているのは、現実ではなくてただの映像です。
そこには白くて大きなスクリーンがぶら下がっていて、後ろの方から映写機で光が当てられています。
その映像を見て、その世界に没入しているわけです。
さて、僕が何を言いたいか、そろそろ伝わってますでしょうか。
この現実も映画みたいなものなんです。
みんな自分の人生に没入しています。
それを作っているのは自分の中の観念です。
映画館でいえばスクリーンと映写機がそれに当たります。
だから、この世界を作っている観念については、これでもかというほどに書いてきました。
だけどそんなことを聞くと、今度は多くの人は観念という映画を見始めることになります。
だから話は伝わりません。
どこまで行っても観念によって世界は作られているんです。
こういう話は絶対に100%伝わりません。
最終的には気づくしかないからです。
だけど気づきは本人にしか訪れません。
僕があなたの代わりに気づいてあげるとかできません。
そして僕の気づきのことを説明したとしても、それは気づきではなくてただの情報です。
その情報によって気づくことも万が一にもあるかもしれません。
気づきの一助にはなるかもしれない程度です。
気づきはシェアできないんです。
現実のこの人生の未来がどうなるか、そっちを知りたいという人は多いでしょう。
占いとか予言とかみんな好きでしょう。
だけど僕はそんなことは一切わかりません。
このブログにも、神秘的なことは一切書いていないつもりです。
そんな風に読める部分もあるかもしれませんけども。
人生のネタバレ欲しいですか?
どうでしょうか?
というか、どっちのネタバレが欲しいですか。
映画の結末的ネタバレか、そもそもこれって映画じゃんって話なのか。
どっちが興味ありますか?
人生という映画を見続けたい人にとって、人生という映画をまだ味わいたい人にとって、こういう文章は邪魔にしかならないでしょう。
そういう人は多いです。
だから本当のことって大きな声では言えないのです。
ネタバレはやっぱり怒られますからね。
