「マイノリティ・ブルース」才能を行使し続ける工夫について

僕はマイノリティであります。
少数派です。
少数派になろうと思ってなっているわけではなくて、どうやら生まれた時からそうみたいです。
もちろん、何でもかんでも少数派というわけではなくて、ある部分において、ということです。
誰にでも少数派な部分はあるんでしょうが、僕の場合はそれが目立つところにあるという感じでしょうか。
あるいは、僕自身がそれを大切に思っていて、前面に押し出しているということでしょうか。

少数派であるということを言い換えると、幽霊が見える、みたいなことです。
もちろん、これは比喩です。
大多数の人に幽霊は見えませんが、それを見える人が少数だけいる、ということです。
みんなに見えるなら幽霊とは呼ばれないでしょうし。
ちょっとわかりにくいですか。

幽霊が見えることが良いことなのか、悪いことなのかはよくわかりません。
便利で都合の良いこともあるかもしれません。
すごーい、とか言われることもあるかもしれません。
ただ、おそらく一番の問題は、大多数の人には理解されないということです。
幽霊が見えることによって生じるあれやこれや、付随することがたくさんあるのだけど、なかなかわかってもらえないのです。

それでもそんな能力を行使し続けるのだとしたら、やっぱり自分自身でそれを大切だと思っているからです。
そして、理解されなかろうが文句はないのですが、理解されると嬉しいので、毎日こんな文章を書いているわけです。

たぶん誰にでも、幽霊が見えるようなマイノリティな部分はあります。
だけど、それを前面に出しづらい世の中であります。
みんなにはできないことが自分にはできるのだから、それは才能と呼ぶべきことでしょう。
だけど、才能を生活の中で発揮することは難しい世の中です。
ましてや、それを誰かに評価してもらう、認めてもらうなんて、すごく大変なことです。

そんなことばかり言ってないで、そんなことばかりしてないで。
残念ながら、才能を「そんなこと」呼ばわりされてしまう時代が続いています。
一人ひとりが才能を発揮することですごい未来につながるってことが、大多数のみんなにはっきりとは見えないのです。
でも、いつか大多数の人にとっても、それが当たり前になる時代が来ます。

今はいろんなことがそれを邪魔していて、賛同してくれる人の多くも実行にまでは移せません。
才能を行使し続けるためには、今のところまだ工夫が必要なんです。
その必要な工夫について、毎日毎日書いている、という感じです。
では、また明日。

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