太陽という神さま

冬はやっぱり調子が出ないですね。
今年は鬱までは行ってない感じですけども。
キーワードはセロトニンでしょうか。
何とも言えず、やる気が出ないというか、頭が回らないというか。

セロトニンは、朝や午前中のうちに太陽の光を感じることで出るらしいです。
北陸の冬はいつも曇っていますしね。
曇っていてもいいんですが、外に出なくなるのが問題でしょうか。
なるべく外に出るようにしていますが、暖かい季節ほどではありませんね。

太陽はすごいですね。
あらゆることが太陽から始まります。
太陽を神とする原始の宗教もあると思います。
それは現実に即した考え方というか、僕は好きですね。
日本人なら、お天道様に手を合わす感じでしょうか。
太陽のおかげ様で、今日も生きているわけです。

太陽の光がありがたいという気持ちは昔からあると思いますが、それって凄いことのように感じます。
現代人は、太陽の光で植物が光合成をして、動物はそれを食べて、排泄して土に帰ることを知っています。
太陽の光で地表が温められ、空気が温められて風が吹くことも知っています。
でも、昔の人はそんなことを知らずとも、目の前の生活から太陽のありがたさを感じていたわけです。
すごいですよね。

昔の人は、物事をよく観察していたんでしょうか?
まぁ、全員が全員、そうであったということもないかもしれません。
特別そうできる人がいて、「あの人が言うなら、きっとそうなんだろう」と思っていただけかもしれません。
だけど、とにかく、太陽から始まるこの世の循環が見えていたということですね。

僕の好きなピロール農法も、そういう感じがします。
太陽から全てが始まります。
太陽のエネルギーが循環の電池なんです。
そこから考え始めないと、なかなか理解は難しいかもしれません。

そして、僕ら人間も、その循環の中にいるということです。
当たり前のことですが、気を抜くとすぐに忘れてしまうのです。
なんだか自分だけの力で生きているような気分になってしまいます。
だけど、現実はそうではありません。

神様は太陽でいいんじゃないですか〜、なんて思います。
セロトニンも出ますし。
どこか空の上にいるイメージの神様って、よく考えると謎です。
白いローブに杖を持って、長い白髪で白人のおじいさん的なイメージじゃないですか。
そのイメージって、一体どこから来たんでしょうか?
どんな現実がそのイメージを作ったのでしょうか?

太陽は僕らの命を支えています。
いるのかどうかわからない、どこかのおじいさんみたいな神様は、一体何をしているのでしょうか?
なんて言うと、過激発言でしょうか?

なぜそれが過激発言になるのか、よくわからないという方は、僕に会った時にでも聞いてもらうといいかもしれません。
あ、哲学ワークショップにでも参加してください〜〜という宣伝です。

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