「うるせえよ!」って怒られようが、言いたくなっちゃう究極のネタバレ

久しぶりに原稿用紙に向かっています。
毎日の習慣ももういいやってなるとすぐになくなっちゃいます。
ただし3ヶ月くらいでも、一旦続けておくと再開しやすいですね。
三日坊主でやめちゃうと、自分にはできないみたいなイメージがついちゃうかもしれませんけども。

僕の場合は朝イチで原稿用紙に向かうことは重要なことです。
どうせ書いたり話したりする機会が多いですから。
なんというか、常にアウトプットしておくというのが大事なんです。
情報発信的なことをしていると、毎日のアウトプットがベースになります。
書いたり話したりの一番のもとになるんです。

さらに朝イチで頭を空っぽにするような効果もあります。
頭空っぽというのは何も考えない状態ではありません。
空っぽだからストレートに考えやすいって感じ。

僕らは常に観念でできた世の中を眺めています。
目の前の世界をどれだけありのままに認識しようと思っても無理なんです。
どこまで行っても薄皮のような一枚が必ず残ります。
観念をゼロにして生きるのは不可能だし、そんなことをする必要もありません。
逆に、観念を通してしか世界を見れないということは肝に銘じておくといいかもしれません。

頭からっぽというのは、観念というフィルターを少し減らす効果があります。
何にもかもが少し楽になります。
〇〇であるべきが減るからです。
観念は、〇〇は××である、という決めつけのことです。
固定観念、常識、普通、価値観、正義観、倫理観、思い込み、こだわり、信念などなど。

観念がこの世の苦を作っているわけです。
だけど同時に、観念があるから人生が存在しています。
無数の観念の中でも最強の観念は、自分が存在するということだからです。
自分が存在すると思っているから人生も存在できるわけです。
全部の観念を捨てちゃったら人生も存在しないってなんとなく伝わりますか。

僕がいつも書いているこういう文章って究極のネタバレなんです。
普通はネタバレというと、人生の未来とか世界の未来がどうなるかということでしょうけども。
僕は予言なんてできませんし、神秘的なこととか全然わかりません。

究極のネタバレ、ちょっとわかりにくいですかね。
映画のストーリーを言っちゃったりすることをそういうわけですが、僕の場合は、それ映画ですよって言ってるわけです。
あなたが現実だと思っていること、それは映画ですよ、と。
いや、現実は現実なんだけども。
同時に映画でもあるわけです。

映画に没頭したい人にとっては、僕の発言は、「うるせえよ!」って感じでしょう。
ネタバレ禁止なのが常識でしょ!みたいな。
スイマセン。

まだまだこのネタバレを欲している人は少ないです。
と言っても随分と増えましたね。
究極のネタバレについてはまた次回にしましょう。
で、何の話でしたっけ〜?

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