僕はギターを弾くのが好きで、よくポロポロ弾いています。
高校の頃から弾いていますから、もう30年近くやっているんですね。
途中、弾いていない時期もありましたけども、ここ数年はまた楽しくなっちゃって、よく弾いています。
なんでもそうだと思いますが、楽器を弾くときに力んではいけません。
無駄な力は無駄です。
いや、無駄というよりも邪魔です。
指はこんがらがってスムーズに動きませんし、弦も素直に振動しないから、気持ちの良い音が出ません。
力みがあるとうまくいかないのは、楽器でも、スポーツでも、身体を使って何かをするときには何でもそうでしょう。
力を抜くというのはすごく重要で、それこそ、一生をかけたテーマです。
一度力を抜いたら終わり、なんてことはなくて、それはずっと続きます。
無駄な力はいつも残っているのです。
少し前、ギターを弾いていて、今まで気づいていなかった力みにふと気づきました。
ピックを挟んで持つ親指と人差し指の力の中に、無駄な部分を発見したのです。
なぜ今まで気づかなかったのか、とも思いました。
「この力いらんやん!」みたいな。
実際のところは、僕の感性がやっと追いついた、というところでしょう。
そして、一旦気づいてしまえば、後は練習するだけですから、難しくありません。
今、僕のギターから出るトーンはひと皮むけたように聴こえます。
これって、いつもの観念や才能の話にも似ている気がします。
なんだかよくわからないけれど、機が熟して、突然気づくのです。
「この観念いらんやんけ!」と。
気づいてしまえば、後は難しくありません。
そのうちにちゃんとそうなります。
僕はあれやこれやとやらなければいけないことがあると思って、力んでいるようにも見えます。
才能を発揮することにとらわれているというか、才能や自由の奴隷になっているというか…。
ふと気づくと、自由の奴隷になってるな〜と思うことがあります。
自由という力みがそこにあるわけです。
気づきは一度来たら終わり、なんてことはありません。
ずっと続きます。
ギターの力みと同じです。
ギター人生が続く限り、それも続くということです。
でも、その気づきがいつ来るかは全然わからないというのが困ったもんですね。
何にでもタイミングがあるんでしょう。
そのタイミングが来るまで待て、と言われている気分です。
ギターも、いろんなことに気づいて、とっとと上手になれるなら楽なんですけども、そういうわけにいかないらしく、ボチボチその途中を楽しむしかないようですね。
やっぱり、あきらめが肝心ということですか。
と言いつつも、なかなか諦められないのだから、これも困ったものです。
って、諦められないのも諦めなさい、って話ですか。
ナハハハ〜〜。
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