世の中で起こっているいろんなことが、「しょうがねぇなぁ」で済むといいと思うんです。
江戸っ子みたいで、なんか気持ちよくないですか。
自分のことも他人のことも「しょうがねぇ奴だなぁ」で終わり。
違いを認め合うダイバーシティ感があって、今風じゃないですか。
「しょうがねぇなぁ」という一言の中に俯瞰して見ている感もあって、それもまた良いと思うのです。
江戸っ子もいろいろ考えてたんだねぇ、とか思ったりします。
昔から江戸にはいろんな地方から人が集まっていたようですから、一人ひとりが違うのは当たり前だったのかもしれませんね。
「しょうがねぇなぁ」という言葉が、悪態をついている感じも、また良いような気がします。
何か頼み事をされたときに、そう思っていなくても一応言っておくわけです。
その言葉に乗せて、迷惑こうむってます、ということも吐き出しておくというか。
いや、迷惑じゃないかもしれないけども、一応言っておくのです。
頼む方には、申し訳なさとか引け目がありますから、それが少しチャラになるというか。
頼んだ相手からちょっと悪態をつかれて、それが逆に少し助かるような気分になるんです。
失敗した尻拭いを頼まないといけないときなんか、そんな気持ちになるかもしれません。
そんなわけで「しょうがねぇなぁ」って、すごく良い言葉じゃないかと思うのです。
みんなの中での落としどころとしては、ちょうどいいんじゃないかと。
一人ひとりの違いや、失敗すること、間違えること、そんなのはいくらでもあります。
それを一人で解決するんじゃなくて、周りの人と一緒になんとなく解決するようなしないような、ふんわりと流していくような感じといいますか。
深刻に「仕方ないよね…」って感じとも違いますしね。
なんとなく将来の笑いにつながりそうな雰囲気もあったりして。
「しょうがない」とは諦めでもありますが、それだけでない意味を持たせている感じがします。
諦めることも絶対に悪いこと、というわけではありませんし。
いや〜、何か面白くないですか?
これ、ちょっと流行っちゃってもいいんじゃないですか。
みんなで「しょうがねぇなぁ」って言い合うんですよ。
そうすると、本当に「しょうがない」感じになっちゃうんじゃないですか?
それは諦めではなくて、俯瞰して、明らかに観る、という思想かもしれないのです。
え?全然意味がわからないし、面白いとも思わないですって?
それは……しょうがねぇなぁ、ということでまた明日です。
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