意味の意味

皆さん忙しいでしょう。
僕もボチボチ忙しいです。
あれもこれもせねばならんのですから、それは忙しいわけです。
やりたいことがたくさんあったり、やらねばならんことがたくさんあったり。
どっちにしても忙しいでしょう。

忙しいと、俯瞰して物事を見るということが難しくなります。
目の前の事しか見えなくなります。
目の前の問題を片付けるのに、うまい方法は無いだろうかと考えます。
うまい方法を教えてくれる人がいれば聞きに行ったりします。
ハウツー本なんかも世の中に山のようにありますね。
例えば、お金が必要であるという問題があって、手っ取り早くお金を稼ぐ方法が求められます。
大抵の人が望むのはそんなようなことでしょう。

それも悪くはないんですが、なんというか、即席の感じがするというか、深みがないというか。
塩麹と寒麹の差とでも言いましょうか?
いや、この例えはわかりにくいですね。
一晩つけた即席の浅漬けもいいけど、長い期間漬けた沢庵もいいですね、と。
それもわかりにくいでしょうか。

とにかく、即席漬けが求められる時代なのであります。
皆さん忙しいですから。
ゆっくり熟成なんてさせている暇はないのです。
すぐに結果を欲しがります。
それも悪くはありません。

だけど、考えてみていただきたいのです。
即席の結果を求めるその先のことをです。
なぜ結果を求めていたのか、なぜそれが必要だったのか。
現在の世の中や社会にも要因があるでしょう。
いろんな要因があるはずです。
それを考え続けて、もっともっと先のことに思いを馳せるのです。
そして最後は、自分の中にその要因を見いだすでしょう。
もっと先へ行けば、最後の最後には、自分という存在を考えることになります。

そんなややこしいことを考えて意味はあるのですか、と思うかもしれません。
その通りです。
そこに皆さんの言うところの「意味」はないでしょう。
それは目の前の問題を解決してくれないからです。
目の前の人生を改善してくれません。
目の前の現実は何一つ変わりません。
そして、それを皆さんは「意味がない」と表現するでしょう。

だけど、意味がないというところの「意味」の「意味」が違っていたら、全部——それはもうあらゆる全部を、間違えてしまうことになりませんか。
そして、全部を間違えているのに、間違えていることに気がつきません。
意味の意味を思い込んでいますから。
自覚できないのです。
その思い込みを、僕はいつも観念と呼んでいます。

今までずっと意味のあることだと思っていたことが、だんだんとどうでもよくなってきます。
自分の人生の残り時間が短くなってきたときにそんなことが多くなります。
少しずつ、意味の意味を考え始めるかもしれません。

もしかしたら、俺の人生は間違ってた、なんて思うかもしれません。
それなら先に考えといたら良いような気もします。
だけど、それは人それぞれの好みというところです。
興味のある人もない人もいます。
そんなのが好きな方、興味のある方は、哲学ワークショップなるものもやっておりますので、ぜひどうぞ。
今日は宣伝でした。

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