僕にできないことをお願いできませんか?

振り返れば、このブログは、日記みたいなものでした。
割とどうでもいい内容といいますか。
書いている量も、最近から見ると、ツイートレベルでした。
そこには主張もあまりありませんでした。

最近、毎日書いている記事は、100%僕の主義主張です。
前はあまりこういうことを書かなかったんです。
それは、書いてはいけないような気がしていたからです。
僕自身、変な奴だと思われるのも嫌だし、こういうことって気づいていない、見えない人も多いのです。
なんて言うと、鼻につく感じになってしまうというか。
そういう今思えば、細かいことを気にしていたのです。

でも、そういうことを気にするのはもういいや、と思うようになりました。
そんな心変わりのきっかけになったのは、大西つねきさんに会って、大西さんの本を読んだからです。
大西さんの主義主張も非常に面白くて、興味深くて最高だったのですが、僕が一番ぐっと来たのは大西さんの覚悟です。
腹が決まっているというか。
大西さんは、自分自身の天から授かったその才能を生かすことを最優先にしているように感じたのです。

僕は、自分自身の才能にある程度気づいていました。
才能に気づいているという状態すら、今の世の中では、まだ稀なのです。
それは、なかなか気づけないものです。
だけど、僕は自分の才能に気づきながらも、それをがっつり行使することにちょっとびびっていたのです。
まぁまぁ、そう熱くならずに、って自分に言い聞かせてる、みたいな。
そんなやる気のない人がいたって別にいいでしょう、って感じで。

僕が見ている未来の世界は、ジグソーパズルの世界です。
一人ひとりの才能、一人ひとりのできることを持ち寄って、世界はできています。
みんなが自分の才能に気づいて、それを発揮しています。
才能はそれぞれです。
いろんな人がいます。
それは究極のダイバーシティです。
自分のおかしな才能を発揮しても、その才能に没頭しても、周りから変なふうには思われません。
それが未来です。
でも、現代はまだまだ違います。
人と違うことをすれば、変わった人だと思われます。
それくらいなら良いのですが、叩かれ、中傷され、180度逆の意味に取られ、全く理解されず、そういうことになるなら、やっぱり辛いのです。
でも、そんな危惧はどうでもよくなってきました。

大西さんの覚悟に触れて、僕もやったろうと思ったのです。
僕もジグソーパズルの中で活躍したいと思ったのです。
自分にできることを精一杯するのです。

前置きがいつも通り長いのですが、これを読んでくれている皆さんにお願いがあります。
こういう哲学的な文章といいますか、僕の主義主張を好きそうな人が周りにいたら、シェアして教えてあげて欲しいのです。
僕はそういうことがすごく苦手なのです。
そういうコミュニケーション能力がまるでダメなんです。
このブログもYouTubeも全部コメント欄をオフにしてあります。
noteなんて、有料会員になってまでコメント欄をオフにしています。

僕は短い文章のやりとりができないのです。
でも、世の中を眺めると、皆さん、むしろそういうコメントのやりとりを楽しんでいらっしゃる人が多いのです。
僕にははっきり言って、ただの苦痛です。
実際に会って話すとかは全然良いのです。
だけど、知らない人との短い文章のやりとりができないのです。
そういう才能が、僕には欠けているのです。
それは僕のジグソーパズルの凹です。

だから、気が向いたとき、面白い記事があったら、周りにシェアしてもらえませんか?
大体、僕にはどの記事が面白いか、ということすらわからないのです。

僕の才能らしきものが、インターネットの片隅で埋もれてゆく…、別にそれも悪くないでしょう。
だけど、もしこういう文章に価値を見出す方がいらっしゃったら、ぜひ誰かにつなげてもらえませんか。
僕には僕のできる事しかできないのです。
できることはできるけど、できない事はできないのです。
ぜひご協力お願いします。

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