ピラ抜けシリーズ、結構書きましたね。
楽しんでいただけましたか?
僕は結構楽しかったですよ。
朝からめんどくさ〜、とか思いながら、書き始めたりしますけども。
いや、ぶっちゃけ、才能を発揮することって、めんどくさかったりするのです。
これ、実際にやったらわかりますから。
みんな、才能というものを誤解しています。
もっとキラキラした何かだと思ってるんじゃないでしょうか?
実際は、そんな感じでもないかも。
もっと泥臭いといいますか。
人によるかもしれませんが、楽しいだけでも、ワクワクするだけでもありません。
だけど、それを続けるのです。
それは、自分が社会の一員であることを表現し続けたい、という本能でしょうか。
人間はずっと群れで生きてきましたから。
現代は、群れなくても生きられるシステムが割とできちゃってますけども。
それでも、誰かの役に立つことで安心できるのかもしれません。
幸せの肝は他者貢献である、という話もよく言われますが、そういうことにも通じるでしょう。
自分を含む群れ全体が生き残るために、自分ができることをする。
そんな時に幸せを感じるようにできているのかもしれません。
僕ら人間にも非常に動物的な感覚が残っているということでしょうか。
世のため、人のためになる生き方は、動物的な、ある意味まともな生き方なのかもしれません。
それは自分にできることをする、自分の才能を活かした毎日です。
楽しいばかりではないし、ワクワクすることばかりでもありません。
でも、それをやるのです。
今はまだ、世界中の人々は奴隷のように扱われています。
表面上は、そう見えないようになっているだけです。
ただ生きていくだけなら、僕らの労働時間はもっともっと少ないはずです。
江戸時代と比べて、生産効率がどれだけ上がっているのか、考えてみてください。
でも、労働時間は全然減りません。
だから、僕らの毎日の「しなきゃいけない労働」は、自分たちのためではなくて、世界のエリート資本家のためです。
僕らの生み出した価値のほとんどは、吸い上げられていきます。
でも、今はまだそんなの仕方ないのです。
そんな時代だから、自分の才能を発揮して、未来の社会の礎とするには工夫が要ります。
工夫に工夫を積み重ねて、それを実現するのです。
それは針の穴を通すようなものです。
いつか、世界の搾取が少しずつなくなったとき、みんな当たり前に、自身の才能を生かす毎日になるでしょう。
今はシステムがそうさせてくれないだけのことです。
だったらわざわざ、今、苦労して、才能を発揮しなくても良いのかもしれません。
いつか、そんな未来が来たときにスタートしたって良いのです。
ただし、そんな未来がいつ来るかは分かりません。
何百年にもわたって強化されてきたこのシステムがなくなるなんて、あるのでしょうか?
僕の生きてる間にお目にかかれるのでしょうか?
別に煽るつもりはないのです。
どうしても、そうしたい人がそうすればいいだけですから。
すべては自由です。
そして、未来は自由です。
究極の自由です。
「そうしなさい」とか「そうするべき」とか、それを不自由というのです。
そう考えると、現代は不自由です。
こういう生き方が偉いとか、こういう人間に価値があるとか、現代人はみんなが思っています。
社会全体の常識でそう思わされています。
もしも、未来の生き方を今する人が偉いんだとか思う人がいたら、それは非常に前時代的な考えです。
未来は、完全なる自由なのです。
一人一人が自由に生きて、発想して、楽しんで、それで世界はちゃんと回るのです。
そんな未来がいつ実現するか、僕は知りません。
いつか来る、来ざるを得ないことはわかっていて、それは間違いありません。
世界はそういう方向にしか動けないのです。
だから、世界がそうなるのを待つのも良いでしょう。
今、工夫して、針の穴を通すように、未来の生き方を実現しても良いでしょう。
どちらでも好きな方を自分で決めれば良いのです。
ちょっとだけやってみる、三日坊主、大いにありだと思います。
本来、ハードルなど1つもないのです。
オールオーケー、全部ありです。
どんな生き方でも間違いはありません。
世界はちゃんと変わっていきます。
自分が世界の一員であると自覚が持てるなら、自分が世界から切り離された存在でないと思えるなら、多分幸せです。
今の常識における、いわゆる「幸せ」とは全然違う幸せがそこにあるでしょう。
お金があってもなくても、パートナーがいてもいなくても、自由でも不自由でも、健康でも不健康でも、友達100人いてもいなくても、学歴があってもなくても、良い会社に勤めてても勤めてなくても、イケメンでもブサメンでも、走るのが速くても遅くても…。
そんなことは幸せとは何の関係もないかもしれません。
なんなら、幸せでも不幸せでも!
それがピラミッドじゃない未来です。
シリーズ「ピラ抜け」終わり


こういうの楽しい!
