思い立ったが吉日を繰り返す

新しいことにチャレンジすることは好きです。
ぼんやりとこんなことをしたいなあと思い始めて、それがそのうち頭の中で形になっていきます。
いつも考えているわけでもないのですが、頭の片隅で勝手に自動的に考えてくれている感じ。
それからある日、ふと思い立って、具体的な計画を書き出したりします。
これならできそうだなとなっても、すぐにスタートはしないことが多いですね。
これは、何か考えがあってそうしているわけではなくて、単に重い腰が上がらないだけですけども。
僕は、自分の重い腰がふっと軽くなるのを待っています。
というか、半分忘れています。
で、ある日突然あれやろうって気分になって、唐突にスタートするのです。

計画だけして、そのままお蔵入りすることも結構ありますし、そういうのは仕方ないですね。
ただ自分の興味の向くままにという感じです。

昔は自己啓発や成功本やら愛読していた時期もありました。
自分で達成すべき目標を決めて、計画を立てて遂行していくみたいなことに価値があると思っていた頃もありました。
それも悪くありませんし、その名残というか、それで学んだことも多々あります。
だけど、今はもう無理にはしません。

あんまり自分の我を出しても仕方ない気がするのです。
自分の都合というよりも、人間同士の関係というか、社会の中のつながりというか、そういう匂いを感じる方が大切じゃないかと。

多分、みんなお互いに影響しあっていって、そうは見えなかったとしても、どこかで協力しあって、生きているわけです。
自分の才能を発揮しても、誰かの役に立つのかは分かりませんが、それは自分ではわからないだけで、もっと俯瞰してみれば役に立っているのかもしれません。
自分の目標を達成することだけにとらわれていると、肝心の調和のようなものから外れちゃうんじゃないかという気がするのです。

動物や植物や微生物が自分にできることだけを黙々とやって、世界は完璧に回っているような感じ。
それは、我であり我でない、不思議な状態です。
そこに、目標を立ててそれを実現することがとにかく善いことだという、成功哲学はどうも合わない気がするのです。

そんなわけで、思い立ったら吉日って感じで、僕はよく新しいことをスタートします。
周りから見ると、突然に見えるかもしれませんが、僕の中では少し前から始まっていることがその日ついに吉日を迎えたって感じです。

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でっかいカブを清水で洗います。
清水の水温は年間通して一定なので、この季節は暖かく感じます。
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