奴隷の生き方論・その2

前回の記事。

さてさて、
こんな話、読みたくもありませんかね〜〜

そんな方は、
そのうちにもしも
読みたくなったら読んでください。

それまでのお楽しみ、、ということで。

今回はなんで
僕らはずっと奴隷なのか、という話です。

目次

見えない足かせ

不思議ですねぇ、、

僕らには鉄の足かせなんて
ついていないのです。
生まれてこの方、
ムチで叩かれたこともありませんし、
汚く罵られたこともありません。

それでも、僕らはやっぱり奴隷なのです。

狭い世界に閉じ込められ、
才能は発揮できず、
本当の世界を知らされず、
何を幸せと思うか、洗脳されています。

幸せとは何か、
その方向性を他人によって
恣意的に決められることほど
不幸なことはないでしょうね。

でも、そんなことに気づいたのなら、
奴隷であることをやめてしまえばいいのですが、
それはなかなかできません。

奴隷であることに気づけたとしても、
そこから脱却することは困難なのです。

それは、僕らには
見えない足かせがついているから。

「お金」という足かせです。

全てを人質に取られている

月曜日から金曜日まで、
僕らは働く必要があります。

働いて得た給料で
生活していくためです。

今月働かないと
来月食っていけないのです。

自分だけならまだしも、
家族や子供たちを養えないのです。

自分の大切な人や物を守れない、ってこと。

だから、
しょうがないから働いて金を稼ぐのです。

一応、言っておきますが
僕は働くのは好きですよ。

何もせずにひきこもって
毎日グータラしたい、ってわけではありません。

僕らは常に金を稼がないと生きていけない世界にいる、
というのがこの話の論点です。

金がないと、僕らは死ぬのです。

それは、人質を取られて、
価値を生み出せと
強制されている、ということです。

これが奴隷の強制労働です。

ムチで叩かれることがないだけで、
昔ながらの強制労働と全然変わりません。

そして、
労働で生み出される価値の生産量が上がっても
労働時間はずっと変わりません。

昔よりも早くたくさん、高品質に物を作ったり
サービスを提供できたりするのですから、
労働時間はどんどん短くなっても良さそうですが、
労働時間は全然変わりません。

生産性のアップとともに
搾取される割合が上がっていくだけだからです。

そんなご無体な、、
不条理な、、
そんなひどいこと、、
と思うかもしれませんが、
何度も言います。
僕らは奴隷なのです。

中世、近代、現代と何も変わらないのです。

金を稼いで自由になれ論

僕は20代のころ、思っていました。

なんで、毎日毎日会社に行かねばならんのか、と。
僕は会社に行きたくないのです。
たまにならいいかもだけど、毎日とか嫌なんです。

そんな嫌なことをしなきゃいけないのは
僕が金を持ってないからだ、と思っていました。

金さえあれば自由になれる、と思ったのです。

だから、いろんな成功本を読んだり
お店を自分で始めてみたり、
いろんなことをしてみました。

だけど、僕には
金を稼ぐセンスが全くなかったようです。

20代のころはそんな自分にモヤモヤしましたが
それが非常に良かったのです。

30歳に近づく頃になって
僕は少しずつ気づき始めることができました。

そもそも金を稼ぐ必要って、あったのか、、と。
僕は単に脅されているだけだったのではないか。

だって、いくら金を稼いでも、
どうやら自由になんてなれっこない。
金を稼がないとダサいし、モテないし、のたれ死ぬぞと、
そう思わされていただけなのかもしれない、、と。

お金は誰が作った

そもそも、お金って誰が作ったんでしょうか。

そう、それを作ったのが、
この世界の管理者、です。

支配者という人もいるでしょう。
資本家という言葉を使う人もいます。

僕はそれが誰なのか知りませんし、
興味もありませんし、
知る必要もあまりないと思っています。

資本家が僕ら奴隷の飼い主であることだけを
理解できれば十分です。
奴隷に主人がいるのは当然のことですから。

そして、奴隷が金を稼ぎまくって
長者番付に載るようになったとしても、
飼い主側になることはありません。

金の力でどうにかできる、、
なんてことも絶対にありません。

一度、飼い主の気持ちになってみてください。

自分(飼い主)が作った
お金という紙切れが支配するゲームの世界で
勝ち残った最強の奴隷がいたとして、
その奴隷をどうしますか。

支配する、管理する側に引き上げますか?

そんなこと、するわけありません。

最強の奴隷として、
もっと働いてもらうだけです。
その奴隷には使い出があるから
死ぬまで働いてもらいましょ、ってこと。

金を稼いでも稼いでも
自由にならないのはそういうことです。

だからと言って、
あるいは金の力で
支配者に噛みつこうとしても無駄なことです。

なぜなら、金を作ったのは支配者であり、
それは彼らの道具なのです。

お金とは奴隷の世界だけで
機能する紙切れなのです。

彼らの道具を使って、
どうやって彼らに噛みつこうと言うのでしょうか。

そんなことを思うのは、
身の程知らずもいいところです。

そっと抜ける

だから、、

奴隷を抜ける方法はただ一つしかありません。

お金から少し離れるのです。
本質的には、他にできることは何もありません。

お金も民主主義も、
誰が作ったのか、
それをもう一度考えてみてください。

お金に支配されたこのゲームから
少しだけ、自ら退場するのです。

世界のルールに歯向かう必要はありません。
世界のルールを変えようとする必要もありません。

そんなことを企てる奴隷がいたら、どう思いますか。
奴隷を管理する立場だったら、どう対処するでしょうか。
想像してみてください。

できるだけそっと、静かに、目立たないように
ゲームから退くのです。

そのゲームに興じている人は
世界中にたくさんたくさんいますから、
一人くらい抜けても飼い主は誰も気づきません。

幸せな支出削減

そういうことを、
イナコメという本の中で
「幸せな支出削減」と表現しました。

支出を減らして、収入も減らす。

そうすると、なんだか自由になっちゃうのです!

生きるのが楽になって、
人生は輝き出して、
なんだか毎日が楽しくなっちゃうのです。

僕たちは生まれてくるときに
それぞれに何かをもってきていて、
もうそれだけで十分なのです。

それを才能と言うのです。

そんな才能を世界の全員が発揮したら、
とんでもなくスンバラシイ世界に
勝手になっちゃうのです。

そんなことを感じるようになります。

そしてそれは
夢物語でもなんでもなくて
当たり前の話、なのです。

だけど、そんなこと、
ほとんど全ての現代人は理解できません。

理解できているなら
とっくに社会は変わっています。

社会が変わらないのは
理解していないから、です。

だけど、それを憂うことはありません。
社会が変わるのを待つ必要すらないことにも
そのうちに気づくことでしょう。

自分が世界を決めていたのです。

ただ、「好きに」生きればいいのです。
それは自動的に、自ずから、世界のためになります。

気づいてしまえば簡単なことです。

なぜみんな気づかないのか、
よくわからないって思うくらい。

あ、そうか、
みんな気づきたくないだけなのか、
まだこのゲームに興じていたいだけなのか、
って思うくらい。

そうだとしたら、
僕なんかただのおせっかいでありまして、
いや、そういう自覚もあるのです。

フツーがいいよね〜ってやつです。
それも悪くないと思いますよ、いやホンマに。

【次回予告】奴隷がやるべきこと、やってはいけないこと

でも、やっぱり奴隷は嫌だなぁ、、
と思うようなら
次回も読んでみてください。

僕の思う、奴隷がやるべきことと、
逆にやってはいけないこと、
について書いてみます。

それは自分が奴隷であることを
ハッキリと認識できるなら、
そこから導き出せるような話です。

自ずからわかるような話。

ここから先は
皆さん自身にも考えて欲しいような気もしますが
少しだけ紹介します。
そう言えば、
僕もいろんな人からヒントをもらって気づけたのです。

それは、奴隷的コミュニティ論、
とでも名付けましょうかね。

もう一度想像してみてください。
自分が奴隷の管理人だとして、
一番めんどくさいと感じる奴隷の行動は
どういうものでしょうか。

それは、
奴隷たちが徒党を組んで、一致団結しちゃって
なんだか一斉蜂起しちゃったりすることです。

鎮圧したり後始末したりしないといけないから、
それってめちゃめんどくさいですよね。。
上の偉い人からも怒られそうです。

奴隷を管理する身にもなってくださいよ〜〜
この仕事も結構大変なんですよ〜〜
って感じで、ちょっと想像してみてください。

朝の空気!

ではまた明日〜
いつもご訪問ありがとうございます。

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