考える③

考える、考える、考える…。
考えるとは一体何でしょうか?
皆さんも考えてください。
考える、考える、考える…。

さて、そんなふうに「考える」ことはよくあると思いますが、実はこれ、何一つ考えていないのです。
それは「思っている」だけです。
今日はそんな話です。

世の中の議論や、本に書かれていること、テレビで言っていることのほとんどは、その人がそう「思っている」ということです。
自分が、そう思っている、ということを発言しているだけです。
ほとんどの人は、考えるということをしたこともなく、考えるということのスタート地点にも立っていないように見えます。

でも、みんないろんなことを考えているように見えるでしょう。
身の回りの小さなことから、世の中を俯瞰した大きなことまで、しっかり考えているように見えます。
でも、やはりそのほとんどは「思っている」だけです。

その証拠に、議論はいつも平行線です。
答えが一つにまとまることはありません。
世論が真っ二つに割れるような議論は分かりやすいですね。
どちらにも言い分があって、どちらが本当に正解かなんて誰にもわかりません。
でも、そういう議論も、時が経てばどちらかの方に意見が集まっていくこともあります。
マスコミが先導して世論を形成したりすることもあるでしょう。
それはさらに時を経て、みんなの常識となっていったりもします。
だけど、それでも100人中100人が納得することはありません。
誰か一人ぐらいは反対意見を持つ人がいるのです。
これが、誰も「考えていない」という証拠です。

そんなことが証拠と言われても、わかりにくいでしょうか。
でも、考えた先には必ず一つの答えがあるのです。
それは「常に」正しいことです。
誰にとっても正しいのです。
百人いても万人いても一億人いても、全員にとって正しいことです。
時代が変わっても常に正しく、国や文化、常識、法律が違っても正しいことです。
そんな「正しい」ことがどこかにあるのでしょうか。

そんなものがあるわけない、存在しないと感じるでしょうか?
でも、それは在ります。
どこに?
どんなふうに?
それを「考える」のです。
その先にはたった一つの解があるのです。
ないわけにいかないのです。

おそらく、今日の文章を読んでも、全然納得ができないでしょう。
だけど、それは一旦置いておいて、明日は「考える」に対して「思う」ということについて書きます。
では、また明日。

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草木に埋もれていく標識
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