昔、ザビエルが日本に来た頃の話。
ザビエルたちがその辺を歩くと、
大人も子供もゾロゾロついてきて
いろんなことを言われたらしいのです。
ザビエルがイエズス会に送った手紙に
そういうことが書かれています。
神様に祈らないと許してもらえないと
言っている人たちなんだよ、
とか言って笑われたらしいです。
他にもいろいろと
日本人は宣教師のことを揶揄していたみたい。
その内容から当時の日本人の考え方を
垣間見ることができるんですが、
それが今の日本人の感覚と全然違うんです。
その頃の日本人の考え方って、
めちゃくちゃ面白いな〜って僕は感じるんですよ。
幸せの条件
今、世界は似たような価値観、観念に
包まれています。
みんなが似たような幸せ観を持っているのです。
お金がないと幸せになれない、
健康じゃないと幸せになれない、
家族がいないと幸せになれない、
学歴がないと幸せになれない、
立派な家がないと幸せになれない、
立派な車がないと幸せになれない、
いい会社に勤めてないと幸せになれない、
肩書きがないと幸せになれない、
能力がないと幸せになれない、
などなど。
昔の日本人なら笑っちゃうかもしれませんね。
〇〇じゃないと幸せじゃない、なんて
そんな不自由がどこにあるか、と。
幸せなら幸せ
誰かの言う通りにしないと幸せになれないとか、
誰かにお願いしないと幸せになれないとか、
よくわかりません。
「誰か」に何を入れるかは
ちょっと考えてみてください。
常識、権力者、神様…
どんな言葉を入れても同じことです。
昔の日本人はよくわかっていたように思うのです。
それは、幸せなら幸せ、ってことです。
今、幸せじゃない
今、何かが足りなくて自分は幸せじゃないと
みんなが感じています。
お金がもっとあれば、
もっと健康ならば、
家族がいれば、
学歴があれば、
立派な家があれば、、
そのために今、努力する。
いつかの未来の幸せのために今、頑張る。
それもまた良いでしょう。
でもそれは同時に、
お釈迦さまの手のひらから出られない孫悟空と同じ。
どれだけすごいスピードで
長い年月飛び続けたとしても、
どこにも辿り着かないのです。
「今」から逃れることはできません。
いくら現状をポジティブに
どんどん変えていけるすごい能力があっても
結局はどこにも辿り着けないのです。
いつかは全員が気づく日が来ます。
来ないわけがないのです。
初めからずっと、そうだから、です。
幸せになることを放棄している?
僕が、必要のない観念を全部手放しているとか、
そんなことは全然ありません。
悟りを開いているとか?
いやいや、ただのおじさんです。
〇〇だったら良いのにな〜
なんてことをいつも思っています。
だけど、ちょっとした変わり者であることは
間違いなさそうです。
僕の生き方はきっとある人たちから見れば、
幸せになることを放棄しているように見えるでしょう。
お前は何をやっているんだ、と。
もっと頑張らないとダメじゃないか、と。
そういう助言の裏には、ある観念があります。
〇〇でないと幸せじゃない、ということを
信じている人の言葉なんです。
それもまた良いでしょうけども、
僕はそういうのにもう飽きちゃったのです。

ではまた明日〜
いつもご訪問ありがとうございます。
